『人間失格』part2 (約1650字)

人間失格 太宰治

作者:太宰治
出版:
青空文庫

「人間失格」「太宰治」聞いただけで、見ただけで、活字ばかりが頭の中をよぎっていきます。その私がなぜこの本を読む気になったのか。マンガばかりの毎日に変化を与えたかったのかもしれません。でも第一の理由は私の友人に紹介されたことでした。「死にたくなるよ。」という言葉付きで・・・。私は驚きました。本を読んで死にたくなるとはどういうことでしょう。今まで私の読んだ本は、楽しくて、おもしろくて-でもただそれだけでした。一時的な自己満足でしかなかったのです。そういった本しか知らなかった私は友人の言葉を理解することはできませんでした。だからこそ読んでみようと思ったのです。
そして、この本を読み終えた私は、言葉も出ないほどのショックと感銘を受けました。「死にたくなるよ」といった友人の気持ちがよく分かりました。というより、この本の主人公が私自身に思えて仕方がなかったのです。多分私だけでなく、誰が読んでも自分のことのように思えて仕方がないのではないでしょうか。
人間は、誰でもどこか人には見せることのできない何かを心の奥底に秘めているものです。自分を全てさらけ出すのは簡単そうにみえて実は結構難しいことなのではないでしょうか。また反対に、誰にも本当の自分を見せないとすれば、その人にとって人生とは一体何の価値があるのでしょう。まあ、人間、そんな人生もいいのかもしれません。でも、そういった人の方が、実は大変な人生なのでしょう。適当に・・・。これがいいかげんなようで、適切な人生の選択ではないかと思います。
この小説の主人公、葉蔵は、幼い頃から人生というものを悟っていました。というより家庭の環境によって悟らされていたのでした。人間の本来の醜さ、内に秘めた汚さを知った葉蔵は、いつしか外面と内面に別々の人物を作り出してしまっていました。私は、そんな後がとてもかわいそうに思えて仕方がありませんでした。偽り(外面)の仮面をかぶり、そんな姿を世間に晒し、崇められることがどんなに空しく、悲しいことか分っていても、こうするしか他に生きていく手段がない彼がかわいそうだったのです。そして、人生の第一歩から取捨選択を誤ってしまった彼が・・・。大体、そんな幼い頃から人生なんて考えなければよかったのです。その時々を、子供らしく生きて、そんな自分を受け止めてくれる所へと進めばよかったのです。人生という一生に一度しかないチャンスを、人目を気にし、自分というものを一度も出さずに終ってしまったとしたら、本当に価値のない人生になってしまうでしょう。傷つくことを恐れていては成長はないのです。自らを傷つけることによって初めて、人の痛みを感じるのだと思います。そんな、悪戦苦闘の人生を送った人ほど偉大な成長を遂げられるのだと思います。
結局、葉蔵はのびのびと生きる間もなく死んでしまいましたが、そんな葉蔵の姿を想像すると、とても恐しい気がします。私も葉蔵と同じではないかと思ったからです。きっと誰もが、どこか葉蔵と同じ部分を持っているのです。逆に言えば、私達の偽りの顔の全てが、外面的な葉蔵という人物を作り出したのです。そういったものは、プライドという言葉でも言い表すことができるでしょう。人間にとって必要であり、不必要であるもの、それが人間を大きく左右しているように思えます。
しかし、そういったものは、個々の人間を作り出す、大切な一部分なのかもしれません。プライドによって、個々に違った感情が生まれ多くの顔が現れるのです。それが良くても悪くても、それを選択するのは自分しかいないのです。だから、葉蔵も選択を誤ってしまったけれど、それはそれで、個人にとっては大変に価値のある、広い意味での人生を送れたのではないかと思いました。
私も、今まで葉蔵と同じように生きてきたような気がして愕然としましたが、ある意味では、自分を振り返ることができたようで、よかったと思いました。そして、だからこそ適当ではあるけれど、しっかり自分の人生に誇りを持って進んでいこうと思いました。

引用元:[愛知県立岩倉総合高等学校 同窓会]
本の詳細:[人間失格]

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA