『海賊とよばれた男』part4 (約1950字)

メディア化作品(映画) 海賊と呼ばれた男(講談社)

作者:百田 尚樹
ツイッター:[https://twitter.com/hyakutanaoki?lang=ja]
出版:講談社

 

日章丸がイランのアバダンの港に入ったときのイラン人の歓喜や、日章丸の乗組員がイギリス軍の裏をかいて無事に日章丸を日本に戻した活躍など、寝る時間も惜しんでどんどん読み進めました。

その中で、「海賊とよばれた男」の中で、一個所だけ、ページをめくる手を休めて考えた場面がありました。考えたというよりも、考えさせられたのですが、それは、瀬戸内海の徳山に国岡商会の製油所が完成し、「火入れ式」を終えた後の場面でした。工事を請け負ったアメリカ最高の石油精製技術を持つ開発専門会社「ユニバーサル・オイル・プロダクト・コーポレーション(UOP)」のポッター技師長がアメリカへ帰る機内で、不思議な感動にとらわれていました。

当初、ポッター技師長は、徳山の製油所完成までに、少なくとも2年はかかると断言していました。それは、最善を尽くした、掛け値無しの計算で、確信でした。しかし、実際は、鐵造の「御託はいい。何としても十ヵ月で完成させろ」という強い意志のもと、実際に、10か月で完成してしまいました。

国岡商会の社員たちは、たとえ10か月は無理でも、一日でも早く終わらせたいと、鐵造と現場の板挟みになって心労で5キロもやせるメンバーが出るほどの情熱を傾けます。すると、2か月の予定の工事が1か月で終わりました。しばらくすると、今度は、UOPの設計技師たちが首をかしげ始めます。予定の工事が4か月も早まっていたのでした。何度も工事に抜けたところがないか確認しましたが、すべて、完璧に終わっています。そして、工事がすさまじいスピードで進み始めました。アメリカから運び込む機械の納期が鉄鋼ストライキの影響で15日遅れるという連絡がありましたが、鐵造が「これまで国岡は嘘を言ったことはない。納期が遅れて完成が間に合わないと、国岡が七十一歳にしてはじめて嘘を言ったことになる」とUOPに電報を打ちます。電報を受け取ったUOPの社長が「何としても、資材を間に合わせろ!」と命令し、逆に、当初の納期よりも15日早く到着しました。

2年はかかると断言した工事が10か月で終わったのを自分の目で見たポッター技師長は、飛行機の中で、今なお信じられない気持ちでいました。そして、クールに仕事をこなしてきた自分が、「火入れ式」の瞬間、体が震えるほどの感動を覚えたことを思い起こしていました。ポッター技師長は、「人の心がひとつになったとき、合理や計算では考えられないことが起きる」ということを、生まれて初めて学んだような気がしていました。

この場面を読んだとき、「奇跡(ミラクル)」というものを考えました。「神がかり」と言い換えることもできますが、奇跡は起きるのだと思いました。もちろん、奇跡は起こそうと思って起こせるものではありません。ただ、実際に、スポーツの世界で(例えば、オリンピックや、ワールドカップや、世界選手権など最高レベルの戦いで)、奇跡的な演技や、パフォーマンスや、結果が生まれる場面を見ることはあります。選手達は、奇跡を起こそうと思っているわけではなく、一点の曇りもない確信的な信念や、ゆるぎない情熱を持って競技に臨んでいるわけですが、「奇跡」の領域に入るには、「心」が必要なのだなと思いました。また、奇跡は1人では起こせないものだとも思いました。徳山の製油所は、鐵造の「もし店員たちが初心を忘れず頑張る気持ちを持っているなら、必ずや十ヶ月で完成する。しかし、もし自分たちは大会社の社員であるという驕った気持ちを持っているなら、二年、いや三年経っても完成はしないだろう」という確信的な信念と、「御託はいい。何としても十ヵ月で完成させろ」というゆるぎない情熱の元、人々の心がひとつになって完成したのだと思いました。

「海賊とよばれた男」を読んでいる途中は、正直に言うと、タイムカードも出勤簿もなく、解雇がない会社がうまくいくわけないだろう、とか、エンジニアが2年はかかるという工事が10か月で終わるわけないだろ、とか、イランの石油を輸入することに対して経営者としてリスクを取り過ぎなのでは(たとえ国のためとはいえ、船員に命を失うリスクを取らせていいのか)など、いろいろと考えていたのですが、ポッター技師長が機内で静かな興奮に包まれる場面を読んで、いい悪いとか、どうすべきとかの問題では片づけることができない現象というものが世の中には、あるいは、人生にはあるのだなと思いました。それは、人間の信念や情熱の問題であり、いい悪いとか、どうすべきとかいうよりも、何を成し遂げて、何が起きたのかという現象の方が、尊いものなのかもしれないと考えさせる瞬間であり、人間が、神聖に最も近づく瞬間かもしれません。

そんな奇跡を人生の中で体験できる人間は、広い世界の中でどれだけいるのだろうと思いました。

引用元:[竹内みちまろのホームページ]
本の詳細:[海賊とよばれた男]

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