『こころ』part3 (約1900字)

こころ(新潮文庫) 夏目漱石

作者:夏目漱石
出版:青空文庫

「こころ」を初めて読んだのは中学生のころだと思います。それから、高校時代、大学時代、社会人になってからと、何度、読み返したかわかりません。読むごとに心に響く作品です。
今回は、「先生」の自己を見つめる目、に焦点を絞って、感想を書いてみたいと思います。
「先生」は衝動的に「未亡人」へ「お嬢さん」を嫁に下さいと頼んだのですが、あっけなく「よござんす」という返事をもらい、落ち着かない気持ちになます。「先生」は、外へ出ます。水道橋、猿楽町、神保町、小川町、神田明神、本郷台、小石川をさまよい歩きます。下宿に帰り、「K」の部屋の前を通るときに、ようやく「良心が復活」します。しかし、「先生」は自分から「K」に言いだすことができず、5、6日後に、「K」にことのてんまつを話した「未亡人」から、「道理でわたしが話したら変な顔をしていましたよ」と告げられます。「先生」の心には、『おれは策略で勝っても人間としては負けたのだ』という考えが起こり、「ともかくもあくる日まで待とうと決心した」その晩に「K」が自殺しました。「K」は、遺書に、「お嬢さん」のことを一切書かず、「先生」に不利になることも書きませんでした。遺書を読んで「まず助かった」と思った第一発見者の「先生」は、遺書を、わざと皆の目につくよう、元のとおり、机の上に置きました。「先生」は、冷たくなった「K」によって暗示された運命の恐ろしさを感じたといい、恐怖に怯えます。
印象に残っている場面があります。「未亡人」の指示で、自殺した「K」の処理が行われ、医者による検視や警察による事情聴取が済みました。翌日、「私」が「K」の部屋に入ると、「K」の枕元に線香が立てられていました。この時、「先生」は「K」の死後はじめて「お嬢さん」の顔を見ます。「お嬢さん」は泣いていました。「未亡人」も目を赤くしていました。
「事件が起こってからそれまで泣くことを忘れていた私は、その時ようやく悲しい気分に誘われることができたのです。私の胸はその悲しさのために、どのくらいくつろいだかしれません。苦痛と恐怖でぐいと握り締められた私の心に、一滴の潤いを与えてくれたのは、その時の悲しさでした」
歳月が流れた後に手紙を書いている「語り手である先生」は、「悲しんだ私」を、“私は悲しんだ”とは表現せずに、“私は悲しい気分に誘われることができた”と記していたことが印象に残りました。「K」の自殺に直面していた青年だった「先生」は確かに悲しんでいたのだと思いますが、手紙を書いている「先生」は、そんな「悲しんだ私」を、ふかんして回想しているのだと思いました。
“悲しい気分に誘われた私”はどんな存在なのだろうか、“悲しい気分に誘われた私”ははたして本当に“悲しんだ”のか、そして、“つくろいだ私”とは何なのか、と考えました。
「悲しい気分に誘われること」と「悲しむこと」は違うと思います。青年だった「先生」は、“私は悲しんだ”と認識していたとしても、あとになって振り返ってみれば、“私は悲しい気分に誘われることができた”だけで、当時の“私”は悲しんだというよりも、くつろいだと感じているのだと思いました。なので、遺書となる長い手紙を書いている「先生」は、“悲しんだ私”ではなく、“悲しい気分に誘われることができた私”や“くつろいだ私”を見つめており、その“悲しい気分に誘われることができた私”や“くつろいだ私”の奥にいる“別の私”や、その“悲しい気分に誘われることができた私”や“くつろいだ私”の奥にある“別の心”を見つめているのかもしれないと感じました。
今回も、「その時私は明治の精神が天皇に始まって天皇に終ったような気がしました」という一文には感動しました。理屈では説明することができないのですが、人間の心の根っこの部分をぎゅっとつかんでしまう説得力があります。人間は社会的な動物ですが、社会的に生きることを捨てた「先生」の口から、「明治の精神に殉死する」という言葉が出るところに、人間存在というものが表現されていると思います。
また、「先生」は、当初は「私」に会って話をするつもりでいたのですが、「書いてみると、かえってそのほうが自分をはっきり描き出すことができたような心持ちがしてうれしいのです」と記していました。「自分をはっきり描き出すこと」は、人間にとってどのような意味を持つのか、なぜ「うれしい」のか、また、自分をはっきり描き出した手紙を「あなた」や「ほかの人」へ残すことにはどのような意味があるのかなど、今回も、「こころ」を読み終えて、いろいろな疑問が湧きました。
「こころ」は、これからも、読み続けると思います。

引用元:[竹内みちまろのホームページ]
本の詳細:[こころ]

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