4月から中学生の原田巧(たくみ)、弟で4月に小学4年生の青波(せいは)、父・広、母・真紀子の4人は、広の転勤のため、広島県と岡山県の県境にある新田市へやってきました。
人口6万人の地方都市ですが、広と真紀子の故郷であり、巧からみると唯一生きている祖父母となる、真紀子の父・井岡洋三が住んでいました。巧が3歳のころの一時期、青波の看護に手がかかるため、巧は、洋三と、当時は生きていた祖母と3人で暮らしたことがあった場所でした。洋三は、かつては新田高校野球部の監督として、甲子園に春夏合わせて10回出場した名将。同年代ではずば抜けた投手である巧は、引っ越しの夜、さっそくランニングに出ました。
巧は同じ歳の永倉豪(ごう)、江藤、沢口、東谷たちと知り合いました。少年たちは、少年野球で有名だった巧を知っていました。巧はなぜみんな俺のすごさがわからないのだといらだつほど自らの力を過信し、また、修学旅行の日もランニングを欠かさないほどのストイックな面を持ち合わせていましたが、豪が野球をやりにいこうと巧の手をつかんだときは、豪の動作になんのためらいもなかったため、嫌悪感が生まれませんでした。普段は、巧は、弟に利き腕をつかまれるのも嫌がっていました。進学校の寮に入るという江藤は勉強のために野球をやめるといい、大きな病院の一人息子である豪も母親から野球をやめるようにいわれていますが、ピッチャー巧、キャッチャー豪というバッテリーを中心に、少年たちの心の中には、自分たちのチーム、自分たちの野球が芽生えていました。
『バッテリー』は、読み終えて、新鮮さを感じました。現代的な新しさとでもいえるかもしれません。いわゆる「スポ根」と呼ばれる物語では、少年たちが直面する問題は、貧しさ(弟妹のために野球をやめて働く)だったり、無差別な社会悪(いじめetc)だったり、ステレオタイプな家庭(子に無関心な両親、自分さえよければいいという親etc)だったり、していたような気がします。しかし、『バッテリー』には、そういった背景はあまり感じられませんでした。新鮮だと感じた原因を考えてみると、登場人物たちのキャラクターに負うところが多いような気がしました。
巧は、自信過剰タイプ。両親も、まわりの連中も、なぜ俺様のすごさがわからないのかといらだちます。いっぽうでは、弟の青波が生まれたときから生死をさまよい、体が弱くここまで母親がつきっきりで看病していたこともあり、巧は、母親や、父親からの愛に飢えている面もあります。また、父親は、巧に、ところでお前はポジションはどこなんだと尋ねるくらいの野球オンチ。母親も、父親参観日よりも野球が大切と言い切っていた父(巧からみると祖父)に不満がありました。しかし、母親にとっては、大嫌いな父でも、巧にとっては伝説の名将。その祖父は、口数は少ないのですが、巧の能力も、性格も、正確に見抜いてしまいます。また、中学を受験させたり、野球をやめさせようとする母親たちも、見栄で子どもを有名校に行かせたり、周囲の無理解から自分を守るために子どもに「勉強しなさい」と連呼していたり、自分はちゃんとした母親だと自分を納得させたいためだけに子どもを使用していたり、たんに子どもに依存していたりするのではなくて、現代の学歴社会の中で、好きなことを存分にやらせてあげたいと思いつつも、息子の将来を真剣に考えて、真摯に息子のためを思って、野球をやめて勉強させたいと思っていました。巧は、豪の母親から、巧の口から豪に野球をやめるように言ってほしいと言われたときに、そんなことは俺がいうことじゃないと思っていました。確かに、巧が言ってもどうにもならないことで、巧とは無縁の場所にある事情でした。しかし、春から中学生になる小学生がすでにそんな考え方をするということ自体が新鮮でした。それだけ、今の小学生は、いい悪いは別にしたさまざまな事情の中で、暮らしているのかもしれないと思いました。
『バッテリー』で、印象に残っている場面があります。迷子になった青波を探しに出て、巧が池に落ちた場面でした。豪から、「おまえ、きっとな」「ピンチに弱いぜ」と告げられます。巧は、確かに、連打をされたこともなく、ノーアウト満塁のピンチを迎えたこともなく、マウンドの上でどうにも自分がコントロールできなくなった経験もありません。しかし、豪は、「原田巧にだって弱点はあるていうことじゃ。だけど、それをおれたちがカバーしていく。いつまでも、原田はすごいて感心ばっかしとれん」と言いました。巧の心の中にも、母親と本音で話をしたり、父親と何気ない言葉を交わしたり、祖父から野球は一人ではできないことを聞かされたり、弟をこいつはこういうやつだと自分の中で勝手に決めつけたりしなくなったり、そして、仲間の言葉に素直になれたりと、少しずつ、変化が生まれていました。ああ、少年たちの物語が始まる、少年たちの野球が始まるんだと思って、わくわくしました。
読んだのは『バッテリー』の最初の巻で、『バッテリー』は人気シリーズとして、何冊も出ているようです。続きを読んでみようと思いました。