夜のピクニック」は、おもしろくて、一気に読みました。歩行祭の仕組みは冒頭で紹介されていて、また設定としては、ただ歩くだけの小説とも聞いていました。実際に読んでみると、本当に、ただ歩くだけの小説でした。でも、それでこんなに感動できるんだ、と、読み終えた瞬間は、放心状態でした。
冒頭に、融たちが1年生の時、ゴール間際でリタイアしそうになった3年生が泣きながら救助バスに乗るのを拒否し、その姿を見た1年生が、たかが歩行祭になんでそんなにこだわるのかわからないと感じたエピソードが紹介されています。読み始めの読者も同じ気持ちなのですが、読み終えると、自由歩行の間に軟式テニス部でケガをしていた足に何かが切れる衝撃を感じ、それでもなお、なかば足を引きずりながら歩き続けた融と同じ気持ちになっていました。
印象に残ってる場面があります。「――甲田さん、そろそろ告白タイムじゃない?」と貴子にそっと声を掛けたことがきっかけで、忍と貴子が、夜中に2人で歩く場面です。亮子が融にアプローチをかけ、いつの間にか、融の隣に居座っていたタイミングでした。貴子は、忍へ「それより、あたし、分かっちゃった。戸田君が川べり一緒に歩いてた女の子」と切り返します。忍は、「うわっ。頼むよ、甲田さん、それだけは」と口止めをし、融について、「あいつには愛が足りないんだよ、愛が」と語り始めます。貴子は、今まで融に対してうまく言葉にできなかったことを、忍が的確、かつ、簡潔に言葉にしていく様子に聞きほれます。そして、一見クールに見える忍が熱く語る奴だったことが意外でした。貴子はいつの間にか、足の痛みを忘れていました。その瞬間、貴子は、「なぜか、その時、初めて歩行祭だという実感が湧いた」とあります。隣のクラスメイトの顔も見えない夜中、日常の学校生活では触れ合う機会のない同級生と、いつもなら絶対しないような話を、声と気配だけを頼りに夢中にしゃべり続ける時間というものは、ほんとうに、幸せな時間ではないかと思いました。 また、知的でクールな美和子が珍しく、貴子に熱く語る場面もよかったです。美和子は、「やっぱりさあ、貴子は西脇君と話すべきだと思うよ」と改まった口調で迫ります。忍も「甲田さん、歩行祭終わっちゃうよ。これが最後のチャンスかもしれないよ」と声を潜めてささやきます。最後の最後で、融の隣を亮子に取られてしまった時も、美和子は、毅然とした顔で、融を取り返すために「あたしが行くしかないかしら」と亮子の背中を見つめながら、貴子に声を掛けました。
歩くだけという歩行祭ですが、3年間の学校生活では起り得ない時間を同級生たちと共有し、そこでは、普段だったら見ることができない意外な人の意外な素顔や、いつもなら心の中にしまっておく感情が浮かび上がってくるようです。そして、それらは、隣の同級生の顔も見えない暗闇の中を、いっしょに歩き続けた者同士だけが、共有できます。そういったことが、後になって、大切な思い出になっていくのかもしれないと思いました。
引用元:[竹内みちまろのホームページ]
本の詳細:[夜のピクニック]
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