『永遠の0』part6 (約2000字)

メディア化作品(映画) 永遠の0

作者:百田 尚樹
ツイッター:[https://twitter.com/hyakutanaoki?lang=ja]
出版:
講談社

真夏の空はあくまでも高い。その青空の中腹を、真綿をちぎったような雲が西から東へと流れて行く。何気なく見上げていた俺の耳に異様な爆音が飛び込んできた。よく見ると流れる雲のはるか上空をB29爆撃機の大編隊を中心にP51、グラマン等の戦闘機が取り巻き護衛しながら飛んでいる。 

俺は何か夢を見ているような錯覚の 中で、ただ呆然と見上げていた。

やがて空襲警報のサイレンが鳴り響き、村人たちは蜘蛛の子を散らすように防空壕の中へ逃げ込んでいく。それから何分たっただろうか。遠い地鳴りのような振動が不気味に伝わってきた。

そんな出来事が何日か続いた後、八月十五日のあの「玉音放送」である。我々は、いきなり谷底へ突き落とされた思いがした。

まだ鼻たれ小僧時代の思い出がある。同級生の男の子が二十数名いた。その中で海軍飛行予科練習生に憧れていた者が四人いた。俺もその中の一人であったが、何分にも当時の俺は親譲りのちびっこで寸足らず、担任の先生は「おまえは軍人よりも、師範学校へ行き、教育者になれ。」と何回か薦めてくださった。

しかし、俺の信念は変わらなかった。男兄弟が五人もいる我が家にとって、一人ぐらい海の藻屑と消え去っても何の不都合も生ずることはない。

同級生の三人がこの予科練に志願して、二十人に一人と云う難関を突破し三人とも合格し招集された。残された 俺は悲しみの中で背を伸ばすよういろんな努力を続けた。ちょうど成長期に入っていたのかもしれないが、年間4㎝程しか伸びていなかった身長が一年後にはなんと12 ㎝近く伸びていた。 

俺は小躍りして予科練を受験した。宮地の試験場で三百人近い受験者の中からトップに近い成績で合格し、鹿屋の二次試験も無事合格。あとは採用通知を待つだけとなった。

しかし、いくら待っても召集令状は来なかった。そうこうする内に、あの八月十五日を迎えたのである。日本軍は連合軍に降伏し軍隊は解体され、戦争首謀者は戦争犯罪人として拘束され、それまで護国の英雄とされていた陸・海・空の若者どもは哀れな姿で故郷へ帰って来た。

帰って来ることの出来た者はまだ幸運な方で、この「永遠の0」に出てくるように、目的を達することなく海や山で死んでいった若者が如何に多かったことか。

しかし、あのどん底から六十有余年、日本は世界中が驚くほどの経済大国に成長した。政治家、実業家の先見の明、さらに国民の前向きな努力の結晶が今日の繁栄をもたらしたものと思う。だが、何となく成長が止まったような停滞感の中で、アベノミクスの打ち出す政策は株価を急上昇させ、輸出も雇用も次第に伸びつつある。一気に上昇気流に乗ったような感じはするが、TPP参加を表明する総理、参加することによって生ずるメリットのある業 種とデメリットのリスクを背負う業種は必ず出てくると思われる。総理は不利な品目は交渉から除外する、と息巻くが、世界経済の流れの中でかかる得手勝手な言い分が果たして通用するのだろうか。

更に、憲法九六条改正を叫び、その先にある大きな的は憲法九条に手をつけ、国防軍によって日本の将来を守り抜くという目論見。

特攻機の爆音が今なお耳底に残る「永遠の0」の世界を体験した我々にとって、過ぎ去っていく時の流れとともに、忘れ去られようとしている途方もない悲惨な時空を、簡単に乗り越え結論を出すことはなかなかできない。

ふと思った。今なお内紛を続ける中東、アフリカ他、いくつかの国々。五十年後、百年後の地球はどう変わっているのだろうか?

緩やかな光の放物線の彼方には、笑顔の絶えない平和な地球統一国家になっているだろうか、それともSF小説に出てくる宇宙戦争の真っただ中、地球は単なる宇宙基地の一つでしかないのか、全く我々には不明である。 

だが、心から思うことはこの「永遠の0」が百田尚樹さんの単なるフィクション小説であって欲しい。希望に満ちて頑張っている現代の若者を、あの「永遠の0」の世界へ再び引きずり込まないでほしい。

願うことはただ一つ、希望みなぎる若者を真ん中に力強く歩き続ける平和な社会でありたい。

必ず生きて帰ると妻に誓って征った主人公の宮部少尉、幾多の部下と同僚を失い、僚機のほとんどは海の彼方へ埋し去り、最後は生きて帰ることを自ら許せなかった主人公の心根が俺には解る。痛いほど解る。

まるで地獄の火の海のような集中砲火の中をかいくぐり、愛機零戦とともに真っ逆さまに敵艦へ突っ込んでいった。

エピローグで米艦の士官が叫ぶ。「彼こそエースだ。敵ながら敬愛すべきサムライだ。」

艦長を始め、艦隊員が居並び弔砲の鳴り響く白煙の中、妻子の写真を胸に白布で巻かれた宮部少尉の遺体は真っ青な海の底へ深く、深く沈んでいった。 

押しつぶされそうな重圧の中で頬はこけ、目だけが異様に光る髭顔を俺は力いっぱい抱きしめてやりたい。そんな衝動にかられながら、万感の想いを込めて主人公に最後の別れを告げる。

引用元:[第 9 回 阿蘇市 読書感想文コンクール – 阿蘇市ホームページ]
本の詳細:[
永遠の0]

 

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